皆さまこんにちは〜⭐

 

世間はお盆やすみだというのに、自宅に1人引きこもって地味〜にパソコンに向かっているSONRISAです。

それでは早速、今回の子連れ石巻出張の番外編、女川ステイについてをお伝えしますね。

 

前回記事はこちら↓↓

【SHOP COLUMN】石巻とSONRISA - 出会いと卒業

【SHOP COLUMN】石巻とSONRISA - 今、子連れで石巻を訪れたわけ 

 


 

前回の記事でも触れましたが、今回の石巻出張は子ども達も一緒に行った為、

1人の時よりも時間的にゆとりを持つ事が必要でした。

 

とは言えせっかく宮城県まで行くのだから、

自由な時間は無理のない範囲で「その時しか行けない場所」に行き、

「その場所でしか聞けない話」を聞くことができたらなぁと思い、

石巻駅から電車で行ける隣の女川町で1泊2日を過ごそうと決めました。

 

石巻から女川町にかけての地図

 

石巻から女川までは、JR石巻線で約35分。

移動にも時間がかからず、帰りも女川ー石巻ー仙台と乗り継げば問題ない為、

1日足を伸ばすにはちょうどよい距離感。

 

石巻と女川の間にある湖のような形の内海は「万石浦」と言って、

牡蠣の養殖場などがある美しい海でした。

 

電車で通った時に、この万石湖のほとりの住宅にあまり損傷がない様に思って調べると、

万石浦はこの特殊な形状から、海の中の養殖設備等に大きな被害があったものの、

周辺陸地への直接的な津波被害は石巻や女川の被害を考えると非常に小さかった様子でした。

(※ネットで調べた範囲で、直接現地の方にお話を聞いたわけではありませんが...)

 

また、電車から見える景色の中には、おそらく戸建ての復興支援住宅群なのでは?

と思われる真新しい住宅地もあり、街の復興が進んでいる様も感じることができました。

 

 

女川町は石巻から万石浦を経て牡鹿半島を挟んだ反対側にあり、

秋刀魚や銀鮭など、日本でも有数の水揚げ量を誇る豊かな漁港に加え、

女川原発がある事から、地元自治体の中では比較的財政が豊かな街だそう。

 

 

地図の通り、女川湾の鋭角に入り込んだその地形もあり、

東日本大震災の際の津波は20mにも及ぶ高さとなって街に押し寄せ、

沿岸を中心としてた女川町は市街の大半が流出。

当時1万人強だった人口のうち、8%にあたる827名が犠牲になられました。

 

実は女川に行く前に偶然お昼に立ち寄った石巻の焼きそば屋さんで、

女川出身で9年ぶりに帰るという方が来店されていて、今から女川に

行くんですと話された時に、

 

「震災後初めて女川に帰るんだったら、ちょっと覚悟して帰った方がいいかも。

女川の市街地は、もう本当に丸ごと流されてしまったというか、

石巻は地域によっては半壊した家を片付けにいく・・という事があったけど、

女川の場合はもう街の中心が全部流されてしまった感じで、片付けにいく事もないぐらいの。

もう丸ごとだったから。

ちょっとびっくりするぐらい変わってるから。」

 

とご主人が話されていて、実際に翌日女川の資料館で見せていただいた津波の

映像でも、2階建、3階建の建物が天井まで容赦無く飲み込まれ、

海が全部を持って行ってしまう様子があまりにも壮絶で言葉が出ませんでした。

 

でも、この後私は女川の街に完全に魅了されることになりました。

 

 

のんびりとした電車の旅の終点は、この新しい女川駅。

 

2015年3月21日に開業した新しい駅舎は、2階に「yupopo ゆぽっぽ」

という温泉が併設されていて、地元の方の憩いの場になると共に、

こうして女川を訪れる観光客にも楽しんでもらえるように・・と、

駅や震災について伝えるコーナー、地元のお土産品コーナーなどもあって、

女川を出る直前までゆっくり楽しめるように作られています。

 

駅のすぐそばには、女川で起業されたり、街で事業をされている方達の

コワーキングスペース、女川フューチャーセンターCamass(カマス)が。

とても明るい印象の、おしゃれなカフェのような場所でした。

 

駅とコワーキングスペースから海の方への向かう、旧市街地だっただろう場所には、

こちらも2015年にオープンした複合商業施設「シーパルピア女川」が。

 

中央の目抜き通りは、元旦にその中央から初日の出が登るように設計されているそうで、

広々として統一感のあるおしゃれな空間にテンションが上がります♪

 

この中には、「ハマテラス」という地元の海産市場があり、港町女川の豪華な

海鮮丼などが1300円ほどで食べられます♪

 

翌日の朝に飲んだイチゴミルクのスムージー。

シーパルピア女川を入ったすぐの果物屋さんは、昔は地元の方向けのお商売

がメインでしたが、シーパルピア女川への入居後、観光客向けにスムージー

なども提供されるようになったそう。

 

駅の山側には、今回宿泊したトレーラーハウスのホテル「エルファロ」さんが。

写真の奥には、高台につくられたマンション形式の復興支援住宅も見えています。

 

こちらは実際宿泊した時のエルファロさん。

いろとりどりのトレーラーハウスがとても可愛くて、電車から見えた瞬間テンションが上がる♪

 

以前は女川駅から徒歩で30分ほどの場所にあったというエルファロさんですが、

なんと運良く今年の8月5日から女川駅横の現在の場所に移設されたそう!

私たちが宿泊したのは9日なので、本当に移設したばっかりでした。

 

室内はこんな感じで、とても明るくて快適♪

ツインルームはベッドが二つとお布団をしけるロフトがあって、

次女は真っ先にロフトを占拠♪

 

到着したその日は、エルファロさんにチェックインして、

駅近くの食事処・三秀さんで夕ご飯を頂き(ボリューム満点で大満足でした)、

ゆぽっぽさんの温泉でゆっくり♪。

 

エルファロさんには朝食が食べられるレストランもあり、

しかも朝食付きのプランだったのですが、

翌日は気が緩んだのか見事に寝坊。。残念!

 

 

このエルファロさん、女川で30年以上も旅館業を営んでこられた

被災事業者さん4社が集まって立ち上げられたホテルだそう。

女川は高い防波堤を作らずに、「減災」をベースとして人々の居住地域を

高台に指定することで新しい街づくりを進めていて、この駅前の地域は

商業地域という扱いのため、宿泊施設を建設することができません。

(建設するとなると大幅な盛土で地面をかさ上げする必要がある)

 

トレーラーハウスは建造物ではなく、移設もできる事から、

復興で街の状況が変化しても柔軟に場所を移転できるというメリットも

あったとの事で、今では一つの復興のシンボル、EL FALO(灯台)に

なっています。

 

女川地域医療センターに掲げられた言葉

 

「女川は流されたのではない。新しい女川に生まれ変わるんだ。」

「あたらしいスタートが世界一生まれる町へ。START ONAGAWA」

 

ハマテラスから少し外に出たあたりから見えたこのコピー。

最終日の出発近くで時間がなく、離れたところからしか撮影できなかったのですが、

この二つの言葉が、私が感じた女川を象徴しているかのように思えました。

 

巨大な津波によって、街の7割が流出し、人口の1割弱が亡くなられ、

震災をきっかけとした人口減も大きな課題だったという女川。

 

でも、他の多くの自治体が選択した高い防潮堤を建てるという案ではなく、

「海が見える街」としての特色を生かしたまま、「減災」をベースとした

新たな街づくりを、40代や、より若い世代、そして外から来た人達も積極的に

受け入れて街を再建する道を選び、「復興のトップランナー」と呼ばれる

ようになっているそう。

 

この「復興の中心が40代以下の若い世代で、

外から来た人も積極的に受け入れられている」という背景には、

当時還暦だった女川復興連絡協議会の会長さんが

 

『60代は口を出すな。50代は口を出してもいいけど手は出すな』

 

とおっしゃった事がベースにあるそうです。

 

「当時還暦だったFRKの会長が『60代は口を出すな。

50代は口を出してもいいけど手は出すな』と言ったんです。

一通りの工事が終わって町ができあがるのに最低10年、

その町づくりを評価されるまでにはさらに10年かかる。

そのときに今の50代60代は責任が取れない。

責任を持って町を担っていく若者に任せようと。

鳥肌が立ちました」

( 参照:復興への道をひた走る――「商人の町」女川の挑戦

 

これって珍しいケースじゃないかな。

 

だから、シーパルピア女川にしても、女川町のHPの「選択されるまちへの挑戦」という

動画にしても、その他のウェブサイトのデザインにしても、どれも洗練されていて

「行ってみたくなる」街になっているように感じました。

 

 

シーパルピア女川は星野リゾートの「星のや軽井沢」「ハルニレテラス」などを

設計された建築士、東利恵氏の設計だそう。

 

街の人は「えらいおしゃれな駅になっちまって、こりゃすっぴんで歩けね」と

なんて言ってますとおっしゃっていましたが、駅からすぐに魅力のある複合施設

があり、地元の食材をいただけるレストランがあり、震災や街の復興について

学べる場所があるという事はとっても重要。

 

女川町は街への移住推進にも力を入れているようで、

もうそのサイトを見ていたら、これ独身だったら移住していたなー。。。

と思ってしまうぐらい。

 

(私が今一番関心があるのが、「地域に縛られず自由に働く」や、

「地方創生」的な事だからもあって、決して一般的だとは思っていませんが。。)

 

今回は1泊2日で、昼には女川をでなければならなかったので、駅周辺だけの

探索でしたが、次回は金華山やトレッキング、可能であれば10年ぶり以上の

ダイビング?!など、旦那も一緒に家族総出で来たいなぁ。

 

壮絶な震災を経て、世代を超えて新しい街づくりが進められているパワーを

存分に感じた女川町、また次回訪れる時にはどんな風になっているのか

楽しみです。

 

次の記事では、石巻と女川の訪問を通じて感じた事、

これからSONRISAが取り組んでいく事についてお伝えしますね。


 続きは → 【SHOP COLUMN】石巻とSONRISA - 新たなスタート

 

女川を紹介されているサイトや記事もご紹介しますね。

女川町公式ホームページ

女川で生み出す

ONAGAWA DAYS (web magagine)

街の復興スピード『女川町が早い理由』

復興への道をひた走る――「商人の町」女川の挑戦

建築家・坂茂の設計による女川駅が完成しました (Casa brutus)

被災旅館が「トレーラーハウスホテル」に生まれ変わるまで

鉄道と生まれ変わった宮城県女川町を旅した (ITmedia Business記事)

女川駅が復旧したばかりの石巻線が素晴らしすぎてヤバい

三陸石鹸工房 KURIYA 

東北マニファクチュールストーリーの紹介記事